2007.06.25

★★映画「ひめゆり」を見た。

「ひめゆり」やっと昨日見てきました。ちゃんと書こうと思うと時間がかかって結局書けなくなってしまうので、今思うままに。
 
● 映画は、元ひめゆりの女性たちが、当時の体験をただ話してくれるというだけの内容。まず当時の彼女らの写真が写され、当時好きだったこと、どんな少女だったかという簡単な情報が文字で記され。今の彼女たちがかつてのことを話すという構成。それぞれの話のあとに、今の沖縄の風景が数十秒映される。

● 胸が詰まるような話にがーっと感情が高まるけど、すぐその自然音だけが静かに響く風景のシーンが映るので、息を止めるしかない。泣いたり鼻水すすったり嗚咽したりしたら映画館に響きわたっちゃうから。この映画を見て、「感動」して涙を流すなんてそんなこれみよがしなことはできないし。

● おかげで何度も窒息しそうになりました。

●見ながらずっと考えていたのは、彼女たちの言葉はどうしたら伝わるのかということ。平日の昼間だということもあるだろうけど、観客のほとんどが年配の女性だった。中には90歳は越えておられるだろうという女性もいた。たぶん、この映画をわざわざ見に行く人は、最初からひめゆりの彼女たちの言葉が届く人たちだ。

 ●映画の間、この言葉を、どうしたら、進んでこれを知ろうとしない人たちに届けることができるのかということばかり考えていた。こういうと傲慢な感じがするな。つまりは言い換えれば、かつての自分とか、今のうちの子どもたちとか。あとはネット上で出会う様々な「リアリスト」な人たちとか。

 ●昨年読んだ、『平和は「退屈」ですか〜元ひめゆり学徒と若者たちの五〇〇日』という本はとても考えさせられた。私もそうだったしうちの子にとってもそうだし、「平和」という言葉は何かをそれだけで伝えるだけの力がもうない。それは伝える側の問題じゃホントはないんだけど。

 ●受け取る側にも準備が必要で、例えばもう、わざわざ東中野の小さな映画館にこの映画を見に行く時点でこちらはもう準備万端である。でも、例えば今からライブにいって朝まで飲んで〜とウキウキでかけようとしてるときに「ひめゆり」の話出されたら、なんか「こうやって遊び惚けてていいのか」と思わされて、共感というよりもなんだか萎えてしまうというか。そんな気持ちにもなるんだろう。そして多くの若者は、これから人生ウキウキ楽しいことばかり待ってると信じてるわけで、そんなときに「昔こんな悲惨なことが、、」といったらやっぱり萎えちゃうんだろうなそうなんだろうな。

● 職業柄なのかもしれないし、子どもがいるからなのかもしれないし、もしかしたら別の要素もあるのかもしれないけど、やっぱり私は、人を萎えさせてもこれは伝えようという努力をしていかなければならないものだと思った。というか、萎えさせるのはその声が大きくて正しく聞こえてしまうから。だったら、小さな声で、つぶやくように、しつこくしつこく言い続けようと思った。

●それで思い出した。私もずっとこういう話、「昔は悲惨なことがあったんだな」「気の毒だな、かわいそうだな」とだけ思ってた。それがいつ、自分の身にこんなにも届くようになったのか。そのタイミングがなんだったのか自分でもよくわからない。でもそれは、ヘレン・ケラーの「ウォーター」の発見にも近い感じで突然つながったのだ。

●それはきっと、サリバン先生が、言葉という概念が何にもわからないヘレンにそれをしつこく呪文のように継続して教えつづけたから。今は「退屈」に聞こえても、「萎えてしまうような」言葉でも、言い続けることに意味があると思った。届かないことに失望して口をつぐんだら、ホントに終わっちゃうと思った。

● どこまでできるかわからないけど、私は少なくとも自分の子どもにはサリバン先生のようにやってみようと心から思いました。

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2007.06.22

★★「原発切抜帖」(6月17日)

●またも超久々。今、勉強用のはてなも始めようとしていて、それぞれ自分がどう使うかを模索中。とりあえず、しばらくはできるだけいろんな人にできれば知ってほしいようなことだけアップしようと思います。

●で、今ユーロスペースでやってる「映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事」との連動企画を、小川町のneoneo坐でやっているというので見に行きました。午後に打ち合わせがあったので、どうしても見たかった「原発切抜帖」だけを見た。今年1月ポレポレ東中野でも上映してたが見に行きそびれていたのでラッキーでした。

●うーん。すごい。画面は最初から最後まで新聞の切り抜きを映すのみ。それだけで一気に見せる。すごいものを見たなあという印象。しかも! 見に行くまで知らなかったが、ナレーションは小沢昭一で音楽は水牛楽団! 私にとってはアヘ〜♪な人選でびっくり。

●土本監督は、水俣病のドキュメンタリストという印象が強い人だけど、「六ケ所村ラプソディー」でも登場していて、水俣や原発、原子力に関する膨大なスクラップのシーンが映されていて印象的だった。

●「原発〜」は、広島の「新型爆弾」を報道する終戦直前の新聞のスクラップから始まるが、82年制作のため、その時点での最新のトピックスはアメリカ、スリーマイル島の原発事故。チェルノブイリも当然まだ起こってない。事故を報道し、だがしかし「さほど影響はない」と報じていたのが、いろいろ事実が明らかになっていくほどに深刻な内容になっていくあたり。すごいリアリティ。もうデジャヴというか、ホントに、ホントに何度も何度も同じことを繰り返しているのだなと思った。

●スリーマイルも、第五福竜丸も、知識としては知っていたけど、こんなリアリティで迫ってきたことはなかった。うーん。小沢さんのおとぼけた講談のようなナレーションがまた秀逸。

●漏れだした高放射能の排水をぞうきんとタオルで拭き取った敦賀原発の事故。放射能検知器が鳴り響きっぱなしだったという「むつ」の試乗イベント。核実験場だったネバダの近くで撮影されていた映画の関係者150人のうち100人近くががんor白血病で命を落としていたとか(ジョン・ウェインが有名)。強制的に移住させられた元マーシャル諸島(ビキニ)の人々は未だに島に帰れない。彼らの好物だったヤシガニの汚染値は未だ下がっていなくてもう食べられない。など、など、など。

●うーん。どこかで見たニュース、これからも見そうなニュースばっかり〜。

●とはいえ、最後のほうでは、パラオ共和国の「非核憲法」の制定が、希望に満ちた様子で、力強く伝えられ、ぐっときた。……、しかーし! 調べてみたら、非核憲法は92年に住民投票によって修正されちゃったんですね。独立の交換条件か、。うーむ。どっかで聞いたような話ですね、、。

●なんかやっぱりいろいろ調べねばならないなと改めて思いました。知らないことはやっぱり多い。

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2006.09.29

☆☆『六カ所村ラプソディー』劇場公開記念イベントやります!

久々の更新で恐縮です(笑) こんなイベント企画しました。もう直前ですが、おいでをお待ちしております!!


******************

★祝!10/7から東京/ポレポレ東中野・モーニングショー上映開始   
『六カ所村ラプソディー』劇場公開記念イベント
 
☆鎌仲ひとみ監督&高橋健太郎(音楽プロデューサー・評論家) トークショー

全国で長く自主上映されてきた『六カ所村ラプソディー』がついに劇場公開! 公開を記念して、関連映像上映、ならびに鎌仲監督と音楽プロデューサーの高橋健太郎さんのトークショーを行います。
 
(上映予定)※『六カ所村ラプソディー』本編の上映はありません

*映画『ヒバクシャ』ダイジェスト版
*『六ヶ所村ラプソディー』予告編
*「帰還兵メリッサの証言」ー湾岸戦争に赴いた米軍兵士の体験 とは、診断名のつかない病を生きることだった。」
*「No Nukes Party」鼎談映像(大林ミカ×田中優×坂本龍一)
(06年CLUB KING制作)←東京初公開!

●LIVE   
CYCLUB(サイクラブ)
アメリカで生まれ・イギリス育ちの音楽変形変動アーティスト集団。六ヶ所村再処理原 発工場を止めるため投げ銭ライブをしながら全国をまわっています。
http://soundvision-tokyo.com/cyclub/

鎌仲ひとみ 
 ドキュメンタリー映画監督。2003年映画「ヒバクシャ〜世界の終わりに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞平和・協同ジャーナリスト基金賞アースビジョン大賞>ほか多数受賞。青森県六ヶ所村に建設された核燃料再処理工場を取り巻く人々の暮らしに焦点をあてた、ドキュメント映画「六ヶ所村ラプソディー」が大きな話題を呼んでいる。

高橋健太郎
 音楽評論家、音楽レーベルMEMORY LAB主宰。『ミュージック・マガジン』『朝日新聞』ほか多くの媒体に寄稿。音楽プロデューサーとして、さかな、朝日美穂などを手がけ、こだわりの音楽ファンに絶大な支持を得ている。2004年には、レコード輸入権問題に積極的に関わり、ブログで反対を表明。この流れが音楽・出版関係者に広がり、社会運動として大きなうねりを生み出した。

*****会場*****
アトリエ・カノン

〒167-0042
東京都杉並区西荻北4-15-13

TEL: 03.5938.1870
http://www.gut.co.jp/kanon/

10月6日(金) 19時開場・19時半開演
<入場料>
映画『六ヶ所村ラプソディ』前売りチケット(1200円)+1ドリンク  2300円
(前売りチケットなしの入場料は1ドリンクつきで1300円です)
予約  tangledtale05@yahoo.co.jp 岩崎まで。

 
【会場地図】
目印になってるサンクスがなくなっているので注意!

http://www.gut.co.jp/kanon/kontakt/index.php
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi3602449060929114754

☆☆☆☆☆『六ヶ所村ラプソディー』劇場公開情報☆☆☆☆
【上映日時】
10/7(土)〜13日(金)午前10時半より上映
14日(土)以降は 午前11時より上映
【会場】ポレポレ東中野 03-3371-0088
http://www.mmjp.or.jp/pole2/map.htm
JR東中野駅西口北側出口より徒歩1分・駅ホーム北側正面
地下鉄大江戸線A1出口より徒歩1分
【料金】特別鑑賞券 1200円 
チケットぴあ店頭、セブンイレブン、サークルK・サンクス、ファミリーマー
トに発売中!Pコード 476-524 
当日料金 一般1500円 大学・専門学校生1200円 中・高校生・シニア1000円
公開中は土日のゲストトークショーもございます。
詳細は以下をご覧ください。
【ウェブサイト】 http://rokkasho-rhapsody.com or
【ブログ】http://rokkasho.ameblo.jp

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2006.06.13

★★『六ヶ所村ラプソディ』見なかったことにはできません。

●またちゃんと書きたいと思うと、ブログの更新が止まってしまうので、とりあえず書くだけ書こうと思う。鎌仲ひとみ監督による『六ヶ所村ラプソディ』を見て、監督のインタビューを中心とした関連記事をまとめ中です。

●なんかねー。ここに描かれているようなことはね、なんとなくは知っていたよ。なんかやばいらしい。こんなの使ってちゃいかんだろうと。でもなんかなんとなく見なかったことにしちゃってたというか、気づいても気がつかないふりしちゃってたっていうか。

●しかしもう見てしまったからには見なかったことにはできない感じ。今まで見ないふりをしてきたから、これからまわりの人に「これは絶対見るべき!」なんてエラそうに言うのはかなーりキマリがわるい。今までこのことを知らないふり、みないふりをしてきたことを恥じて小さくなりながら、でも小声で、「これ、見て、、」ってボソボソいろんな人に声をかけていきたいと思います。

●原発反対、という言葉はもう80年代からどっか聞くのに慣れっこになっちゃっていて、そうそうそうなんだよねーと思ってもどっかでそれを軽く聞き流してしまうような感じがある。「六ヶ所村」っていう言葉も同じような匂いがある。誰もが知ってるけど、なんてのかな、深く知るのが怖い感じ。だからその「記号」を聞いただけでなんとなく素通りしたくなっちゃうんだよね。でももう素通りはできなくなっちゃったの。見て、取材して、いろいろ知っちゃったから。

●上映会も企画できたらなと思うけど、なんか思うに、まずは友人関係の、物を書くことを仕事にしていたり様々な人に接する機会を多くもっている人を中心に、小さな鑑賞会を開ければいいかもと思った。映画の支援になるだけの上映料はちゃんとお支払いした上で、何かしら、見た人が自分の持っている媒体、雑誌でも放送でもブログでもPTA会報誌でもいいから、書いてもらうことを条件に、上映会を企画してみようかなとあらためて思いました。

●しかし、英国セラフィールド再処理施設の事故というあんなに大きな教訓を、まだ六ヶ所村の施設が試運転される直前という絶妙なタイミングて得ておきながら、どうしてこのまま何事もなく(何事もないように)話が進んでしまっているのか。私自身も、去年ブログとかでセラフィールドのことはあれこれ触れていながらも、あの事故が本当に教えてくれるはずだった教訓を全然受け取っていなかったように思う。


●セラフィールドの事故以降のアイリッシュ海での海洋調査では、放出された放射能物質は魚介類の中でも得に甲殻類と海草類に高く蓄積するそうな。マン島(アイルランドとイギリスの間にうかぶ島)の漁師のセリフはぼそっとこんなこといってましたよ。「ぼくらは海藻食べないからいいんだけどねー」、、。

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2006.06.09

★★仕事がエンドレス

●なんかムダに時間を過ごしているというか、本当に時間の使い方が下手だなあと思う。どうも私は、昔から1日は24時間あると考えてしまう節があって……、いや24時間あるんだけれどもさ。でも人間、どーしたって眠らなきゃいけないし、ご飯食べたりすることもあるし、それに何より今は一人暮らしじゃないんだから、子どものために割く時間だってつくらなくてはいけないのに。


●ということで自分じゃあと1日で終わるかなーと思っているのは、実はあと24時間でおわるかなーということであって、1日3時間しかその作業ができないのであれば、それはあと1日ではなく、あと1週間たたないと終わらないということなのである。

●なるほどー。自分で今、目からウロコが落ちました!!

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2006.06.06

★★デザイン変えてみました (6/6)

●なんかずいぶんと長い間放置気味でしたが、ここで心機一転してまずはデザインを変えてみました。こないだ同じようにブログ書いてる友人が、マメな更新のコツは、「ちゃんと書こうとしないこと」と言ってたし。でもいちおうは会員制であるSNSとは違って、こういうブログはいつどこで誰が見てるからわかんないからなー。いいかげんなことはやっぱ書けないよなあと思ってしまうのです。

●実際、書きたいことは毎日やまほどあるんですが、そのほとんどが、今かかえている仕事の話だったりするので、そうすっとやっぱり誌面に出るまでにそのネタをこうやってブログに書いたりするのもちょっとねーと思ってしまうわけである。誰々にインタビューしたとかそのくらいだったらいいんだろうが、私の場合、誰々さんにインタビュー! という記事よりかはどうしても、あるテーマについて書く過程で、こういう人とこういう人にインタビュー、ということが多いので、誰にインタビューしたかでその原稿の内容が見えちゃったりするのもなんとなくなー、って感じなのであります。

●まあいいや、そんなかんじで今後はもうちょっとラフにあれこれ書いていこうと思う。早速今日も書きたいことはあるんだが、とりあえずうちのこわっぱどもを寝かせつけないと、、。うるせえよ、君たち、、。

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2006.06.01

★★『ヨコハマメリー』6/1

『ヨコハマメリー』、見てきました。今書いてる原稿にも縁があるので、バタバタする中、夜オットが帰ってきてからバトンタッチしてレイトショーに出かけてきました。ほんとはGW中に伊勢佐木町に見に行ったんだが、夜まで満席で立ち見席もないと言われて挫折してたのです。

●いやー。評判は聞いていたが、非常にいい映画だった。題材が題材だけに、どう転んだってそれなりの評価を受ける映画だと思うが、テーマの良さをさっ引いても構成といい、登場する人々といい、ほんとにしみじみ、グっとくる、素晴らしい映画でした。何より、よくぞこの絵が撮れた。ここにたどり着けた、というようなシーンがあって、この監督の幸運、というか、縁、というか、何かに引き合わされる運命、というか、そういうものに嫉妬する映像作家は多いんじゃないだろうか。

●パンフレットに、わかぎえふが、

「女であることは生きて生きにくかったろうに、
彼女は化粧とレースで着飾って彷徨しつづけた…
なんて皮肉な、なんて悲しい人生だろう。
涙が止まらない」

 というコメントを寄せていてびっくり。どーしてこんな感想になるのかなー。オヤジな人がある種のストーリーを当てはめてこういうならありがちだけど、、。よしんば映画を見る前にメリーさんのことをそういう風に感じていた人がいるとしても、最後まで見たら決してそうは思わないと思うんだけどなー。まあ人それぞれだからいいけどさ。

●わたしは今、家族と一緒に暮らしていて、それははたからみたらとても幸福な姿に見えるだろうし、自分でも幸せだと思っています。でも、わたしは、かつて、たった一人で、このままずっと一人で生きていくのもいいもんさ、と思って日々泣いたり笑ったり怒ったりしながら過ごしてた日々をちゃんと覚えてる。そのとき知ったのは、誰かと一緒にいようと一人でいようと幸せそうに見えようとそうでなかろうと、自分は自分で結構「これでいいのさ」と思えるものなんだってこと。

●なので私がまたいつか一人になるときがきても、同じようにひょうひょうと思ってやってくだろうなって思う。私はメリーさんという人に同じそれを感じて、なんかうれしくて涙がでたな。

●やあ、いい映画でした。ホント。やっぱ、映画は一人で見るのがいいなー。余韻が残るから。

●伊勢佐木町の伝説の店「根岸屋」のおかみのお座敷小唄シーンに惚れた! カッコよすぎ! しびれた。かなりしびれたよ、。

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2006.03.31

★旧暦三月三日は水辺で神と逢う日

●今日は旧暦の三月三日です。そゆわけで私は昨年旧暦に関する本を出したのですが、やっぱ数ある行事でもダントツ面白いなーと思うのがひな祭り。

●ちょっとウンチクになりますが、ひな祭りは元々は、中国の古い行事「上巳の節句」が日本に伝わったもの。旧暦三月の最初の「巳」の日に、水辺で禊ぎをしたという行事らしいです。もともと日本には、穢れを人形(ひとがた)に移して水に流すというような風習があり、それが中国の「上巳の節句」と結びついて今のような形になったんだとか。今のようにひな人形を飾るようになったのは江戸時代ぐらいからだそうな(うろ覚え)。

●旧暦文化がきちんと残ってる沖縄では、この日、「浜降り祭」という海開きの行事が行われてる。城南宮の「曲水の宴」(←上巳の節句に水辺で詩歌や管弦の祭りをする行事)もいちおうはこの時期に合わせた祭りです。2年前取材にいった鳥取用瀬町の「流しびな」行事なんかも有名です。

●この時期は二十四節気でいう「清明」の時期にあたるんだけど、清明の時期に野山や海に出かけ、青草を踏み遊ぶ「踏青」という行事もあって、これが今のお花見に結びついたと言われています。清明の時期は旧暦の三月三日の時期とほぼ重なるし、本来お花見の原型っていうのは上巳の節句だったのかなーと私は思います。沖縄では清明のころ「しーみー(清明)」といって、あの大きな亀甲墓に親戚中が集まって先祖と宴会する行事があるけれど、お花見も本来は、春に山から降りてきた田の神(桜は田の神の化身といわれる)をお迎えして宴会するという意味もあるようです。つまり上巳の節句は、神様を迎えるお祭りでもあるわけですが(秋祭りは神様を送りだす行事)やっぱ水辺、っていうのが重要だなーとつくづく思う。海の彼方から神が寄りつく、というのは本当に古い原始信仰の形だと思うし。

●てなわけで、来週末は、ずっと行ってみたかったお祭り、島根県美保関にある「美保神社」の「青柴垣神事」というお祭りを見てきます。これは説明しだすと長くなるので割愛するけど、つまりは海の神のお葬式、みたいなお祭りです。天孫降臨の際に、国を譲らざるを得なかった国津神、コトシロノヌシ(エビスさんと同一視される神)が、青柴で囲った船に乗りお隠れになるという神話を再現したもの。頭から白いかぶり物をした小忌人といわれる氏子の女性が、手足が立たず、盲目であったというこの神に扮し、肩車のように担がれて船に乗るわけですが、この行事、ホントに奥が深い。日本の祭りの中でもかなりディープな、重要な祭りなのではないかと思う。うまく写真がとれたら、またアップしたいと思います。ちなみに2年前にこの祭りについて宮司さんに取材をしたときに、この4月7日という日付は「旧暦三月三日」と関係あるか? と質問したところ「間違いなく本来はそうだったはずだ」と仰ってました。

●思えば「源氏物語」でも、須磨に左遷された源氏が、嵐の夜、海辺で住吉の神と遭遇するのも三月三日のことだった。ずいぶん前に調べた与那国島の古い昔話にも、三月三日に海からヘビ神が来たという伝説があった。ちゃんと調べたことはないけど、おそらくこの時期に、日本中のアチコチで、水辺で神に出会うような祭りが行われてるんじゃないかと思う。九州とかいっぱいありそうだなー。

●今年は桜がちょっと早めに咲いたこともあり、明日は私もお花見に行きます。小さな草船でも作って、こどもと花びな流しでもしようかなー。

写真は、2年前に取材にいった、鳥取県用瀬町の流しびな行事Hinathumb

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2006.02.10

★★このさいこれから女だけを天皇に!  2/10

●前の日記で書いた無断掲載問題に関して、もろもろ問題は片づいてはおりませんが、気になったので別ネタを書きます。女系天皇について。

●紀子さんの妊娠騒ぎで皇室典範改正見送りっていうのになんだかなーと。でもね絶対次の子も女だよ。間違いない(断言)。
 
●男女生み分け相談みたいなのは最近じゃあ産婦人科でも一般的になってきてるみたいだけど、別に遺伝子操作とかたいそうな話じゃなくて、単にY染色体がX染色体よりひ弱くてストレスに弱い性質を利用しただけの話。

●このリンクなんか結構ロコツだけれど、排卵日当日に、ベストコンディション(禁欲して貯めておいて、深く挿入・妻の快感を高めるってホントにあられもないですね)で受精できれば男の子の確率が高いけど、劣悪な環境で受精すると、y染色体搭載精子はすぐ死んじゃうから女の子が生まれる確率が高いということ。女の子を妊娠したいなら、禁欲せずに精子を無駄遣いし、かつ排卵日の数日前にセックスする、排卵の準備ができるまでには弱いy染色体精子はほぼ全滅してて、数日間なんとか生き延びたX染色体精子だけが受精できるから、生まれる子は女の子になるというわけ。
 女に長生きが多いのは、それが理由なんじゃないかと思ったり。

●おそらく、雅子さんだって男女生み分け的なことはやってたに違いないと思うわけで、それでも女の子だったのは、雅子さんが相当なストレスを抱えていたからベストコンディションも何もあったもんじゃないと思うのです。単なる想像だけど。紀子さんだってすごいプレッシャーだと思うし、そんな中で男の子なんか妊娠できるのかなーなんて思ったりします。

●そもそも、男系天皇っていうけど、男なんか、自分の妻が生んだ子が本当に自分の子かどうかなんて検査しなきゃわからないんだから、天皇家の血統なんてホントに続いてるかわかったもんじゃないわけで、誰の子かわかんないから疑心暗鬼になって争いも起こるわけで。本当に「天皇家」の血筋をこのまま伝えたいんだったら、いっそ天皇は女だけにすれば? って思うけどな。私は。

●だって父親が誰であろうと、子どもの母親は間違いなく、その子を産んだ女性なのは、誰の目から見ても明らかなわけでごまかしようがない。その母の生んだ娘がまた子供を産めば、その子は間違いなく最初の女性の孫であり、その子がまた子どもを産めば、その子は間違いなく最初の女性のひ孫。こんなわかりやすい話はない。

●今の愛子さんが天皇家の血を少なくとも何代か前からは受け継いでいることはまちがいないんだから、あとは彼女の産んだ娘から娘へと天皇家の「血筋」とやらを保存させればいいじゃん。「これからは女性天皇も」じゃなくて「女性天皇だけ」にします。っていうほうがよっぽど理にかなってると思うわけですが。
 

●とまあそんなことを考えていたら、ここ数年ずっと???と思ってたことの謎がとけたような気がする。

●前からずっと、自分のおじいちゃん、おばあちゃんの若いころの話を孫がいろいろ聞き出すプロジェクトみたいなのやりたいなと思っていたんだけど、「初恋はいつ?」とか「好きな食べ物なんだった?」とかそういうたわいないこと。そうやって、自分のおとうさん、おかあさん、おじいちゃんおばあちゃんそのまたおじいちゃんおばあちゃんも、ちゃんと僕、わたしみたいに子どもだったんだな、ってことを意識してもらいたいなあー、という思いでいたんだけど、こういう話をすると、一歩間違えると、すぐ、血筋自慢とか、家系図とか、先祖を大事にとか、アイデンティティとかそういう話にすりかえられちゃうのです。

●いや、そんなたいそうな話じゃないんだよと私はいいたいんだけど、こういうことに興味をしめすのも拒否反応しめすのも男の人が多い。でも違いますから! 血筋とかご先祖さまが武士だったとか、そんな話じゃないですから! 単に、いつの時代もみんな一度は絶対にこどもで、いろいろあっただろうけど、それをまわりで育てた人がいて、その人もまた子どもで、その人を育てたこどもがいて、っていうことに思いをはせてみようよ、ってだけの話。

●この、ビミョーな感覚のズレがいつも不思議だったんだけど、今思った。男とか女とか簡単にわけちゃあいけないと思うけど、男の人は、自分が直で命をつなぐ存在になれないから不安なのかな。自分の父親が誰だかわかんないと不安になるのかな。少なくともお母さんの子であることは間違いないんだからそれでいいじゃない! って思うんだけど、お母さんの子、ってだけじゃ、自分が「何者であるか」っていうのがなんか不安なんだろうなー、とか思ったりして。だって今、自分が名乗ってる名前、たいていの人が父親の名前を名乗ってるけど、自分はその家の名の血を引いてるとは限らないんだもんね。お母さんが浮気してて全然別の名字の男の血かもしれないしね。まあでも確実にお母さんの旧姓のほうの血は引いてるわけですが。

●だったらその不安を解消するために、名字もこれから基本女性の名字で受け継いでいったらどうかと思うわけですが。そのほうがずっと理にかなってるよねえ。「血筋」と「家柄<笑>」の完全なる一致。これって突飛な話でしょうかね?

●って、わたしそんなことどうでもいいんだけど、みんなが血筋筋、天皇家天皇家ってあんまり騒ぐから、ちょっと思うところ書いてみました。

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2006.02.01

★★森達也さんの対談集に原稿が無断掲載された件について  2/1

●さきほど、このブログに、映画監督で作家の森達也氏の、さまざまなジャンルの人物との対談をまとめた『世界と僕たちの、未来のために—森達也対談集』(作品社)に、私の原稿が無断掲載されていた点について、怒り心頭の記事をアップしましたが、あれこれ考えて、もうちょっとクールダウンして書き直そうと思い、一度下げることにしました。あらためて記事は上げようと思っていますが、既に前の記事をごらんになった方、すみませんでした。
取り急ぎ。

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